パン屋さん
■父のお気に入りだったパン屋さん
今日は、買い物に出たついでに、そのお店でパンを買ってきた。
いつもおいしい。今日もおいしかった。
父や母は 昔から食い道楽で、特定の食品を好むことが多かった。
『朝の食パンなんてスーパーで買えるのに』なんて言っても聞く耳持たず。遠かろうがお気に入りのパン屋さんで調達してましたねぇ。
車で買いに行く程だったから、免許証返納してからは次のパン屋さんとか見つけるまでは不自由したんだろうな。
(あの頃はごめん・・・思い返すと、本当に優しくない娘だったよ。)
確かにね、今ならなんとなくわかる、その気持ち。
年取ってくると、量は要らない。
元気でおいしく食べれる時に、少しでいいから自分好みのおいしい物食べたい、って思うんだよね。それに、前々から食にこだわってたから余計だよね。
店内で・・・『ここでお父さん、いつもの食パン買ってたんだ・・・私の好きそうなパンを買ってきてくれたっけなぁ・・・。 ここのコーヒーはおいしいって言ってたなぁ。』なんて思い出すと・・・
街のあちこちに 二親の軌跡があって、今でもそこ ここに二人がいるようで・・・
何年経ってもダメだなぁ。喪失感というのはひょっこり浮上してくる。
この間、知人に会った時、その人もほぼほぼ続けて両親を見送ったのだけど、『なんか淋しいね・・・』って言ってた。
そうだよね、介護やら入退院やらなんやらかんやら大変な時期の真っただ中にいる時は気づかないんだけど、いなくなっちゃうとね・・・
80過ぎだろうと90過ぎだろうと関係ないんだよね、親はいくつになっても親。(子供もそう)
大きな大きな存在だったんだよね。
庭では今年もお母さんのミニバラが立派に咲いて、それって、ほんとお母さんが笑ってるみたいで エッって思った。
3年目のバラ。もう今年は散っちゃったけどね、なんか嬉しかったり切なかったり。
文句言ったり、ケンカしたり、世話したりされたり、イライラしたり・・・そんなことができている親子の間もそんなに長くはないって、あの頃気づいてたら、今頃はタラレバの思いは少しは減らせたのかなぁ・・・
ぃやぃや そんなことはない。どんだけ関わったってタラレバの思いは出てくるはず。
それに、そのころにそんな負のやり取りができるのも親子ならではだし。
あぁだけど、もっともっと感謝の気持ちもしっかり伝えて、そいでもって昔のたわいない話もうんと聞いて、もっともっと一緒に笑っていられる時間を作ればよかった・・・な。(;_:)
色々思う日だった。